奈良時代に編纂された『日本書紀』の国生み神話には、イザナキとイザナミは交合のやり方を知らなかったが、鶺鴒(セキレイ)が飛んできて頭と尻尾を振ったので、それを見習って交合の方法を知った(それで国を生むことができた)、というのが異伝として併記されている*1。ちなみに、『古事記』にはこの鶺鴒のエピソードはない*2。
この有難いセキレイが何セキレイだったのかということまでは書紀には書いてないんだけど、少なくともハクセキレイは従来は北海道と青森のごく一部にしか生息していなかったから*3、奈良時代以前の畿内にはいなかったはず。候補から外れそうだ。
セグロセキレイかキセキレイか?という点に関しては、1980年頃の時点で、両者とも北海道から九州まで分布しているが、キセキレイの方がより満遍なく、広く分布している。生活圏もセグロセキレイの方が限定的だとされている*4)。
町なかで暮らしてたまには近くの川べりや自然公園へ…という現代の生活だと、セグロセキレイを目にする機会の方が多くて身近なのでセグロセキレイに軍配を上げたくなっちゃうけど、それは現代の都市生活での話。開発されていない山野がすぐ近くにあり、自然・半自然の水場が生活圏のいたる所にあった時代は、キセキレイも同等以上によく見かける存在だったかもしれない。だから正直、どっちがセキレイ先生だったのかわからないんだけど…ひとつ気になるのは、キセキレイの方がしっぽふりふり動作がハゲシイ感じがする、ということ。これって、重要ですよね?